大判例

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札幌高等裁判所 昭和63年(ネ)134号 判決

控訴人

第一小型ハイヤー株式会社

右代表者代表取締役

吉野常男

右訴訟代理人弁護士

田中正人

高田照市

被控訴人

及川静雄

(他一〇九名)

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

佐藤文彦

川村俊紀

伊藤誠一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人らの請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示(ただし、被控訴人らの関係部分に限る)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表末行に「及び」とあるのを「および」と、同行に「支払方法は」とあるのを「支払方法」とそれぞれ改め、同裏一行目の「別に」の次に「これを」を加え、同六枚目表三行目、一〇行目、同裏七行目に「留どめず」とあるのをそれぞれ「留めず」と改め、同八枚目裏一行目の「こと」の次に「は」を、同九枚目表六行目の「昭和五五年二月一二日、」及び同裏四行目の「昭和五五年六月一九日、」の次に「札幌労働基準監督署長に対し」を、同表八行目末尾に「。」を、同裏一行目の「時間数」の次に「と深夜勤務時間数」をそれぞれ加え、原判決添付別紙未払賃金目録中原告番号32に「中島始」とあるのを「中島治」と改める)。

1  控訴人の付加主張

(一)  昭和五二年一二月一二日タクシー運賃の改定(値上率一四・七四パーセント)が国より認可されたが、当時、札幌地区のタクシー業界において、従業員(運転手)の給与体系が基本給と歩合給との合算による支払いが行なわれている場合には、運賃改定に伴って、従業員の給与の支払い基準及び方法について、各社が各々の事情に応じて、何等かの見直しをすることが、労使間の慣行となっていた。

(二)  このように、タクシー業界においては、業態に特有の労使慣行が生れているが、その原因は次のような諸事情が存するからである。

(1) 使用者の事業収入は、専らタクシー運賃の売上げによるものであること。

(2) タクシー運賃の改定は、使用者の意思によるものではなく、国の認可によらなければならないこと。

(3) タクシー運賃の改定の額及びその時期を使用者が決めることができないこと。

(4) 使用者はタクシー運賃の改定(値上げ)がなくても、従業員の経済生活を考えて、毎年、春闘においてベース・アップをしていること。このように、使用者において、増収がなくとも従業員の給与を昇給させることは、次のタクシー運賃の改定(値上げ)があるまでの給与の前渡的意味合いを持っていることから、タクシー運賃の改定(値上げ)が実施されたときには、従来の給与との調整を図る必要があること。

(5) タクシー業界においては、全国的にも従業員に対する給与体系は、ほとんど基本給と歩合給との合算によるものであること。

(三)(1)  札幌地区におけるタクシー運賃の改定(値上げ)は、昭和五四年一二月一二日以前にも何回か行われているが、控訴会社においては、昭和四五年五月従業員の給与体系を歩合給のみによるものから、基本給と歩合給との合算によるものに変更してから以降においても、タクシー運賃の改定(値上げ)は四回実施されているが、その改定実施後においては、いずれも「足切額」と「還元率」の見直しと変更が行われている。そして、従業員の給与は見直し後の「足切額」と「還元率」に基づいて算出され、被控訴人らを含む控訴人の従業員は、この見直しをした基準により算出された給与であることを承知して受領してきている。

(2)  この事実は、タクシー運賃の改定があった場合、前述した如きタクシー業界の特異性から生じた給与の支払いに関する歪みの是正と、使用者の経営基盤の確立、そして、同時に従業員の経済的生活の安定を図ることを目的として、労使間においてタクシー運賃の改定がなされたときには、給与体系を見直すことの合意がなされ、そのことが、その後も継続的に実施されるに至り、労使間の慣行となるに至ったものである。

(四)  この労使の慣行は、単に控訴会社と被控訴人らを含む控訴会社の従業員との間における慣行に留らず札幌地区のタクシー業界における労使間の慣行ともなっている。すなわち、

(1) 札幌地区においても、昭和五二年一〇月五日、昭和五四年一二月二〇日及び昭和五六年一二月二〇日にそれぞれタクシー運賃の改定が実施されていること。

(2) その当時、札幌地区には営業認可を受けている会社が五七社あり、そのうち五五社は基本給と歩合給との合算による給与の支払方法を採用していること。

(3) そして、右五五社はタクシー運賃の改定に伴い、その都度従業員の給与の支払いについて見直しを行っていること。

(4) 以上の事実は、タクシー運賃の改定が国から認可された時には、少なくとも従業員の給与の支払基準を基本給と歩合給との合算方法を採用している札幌地区のタクシー業界にあっては、改定されたタクシー運賃の値上げ率などを勘案し、タクシー運賃改定後の従業員の給与について見直しをするということが、労使間の慣行となっているということの証左である。

(五)  以上、述べてきた労使間の慣行が、昭和五五年当時すでに札幌地区のタクシー業界において、反復・継続して実施され、労使間に定着していた。

したがって、この労使間の慣行は、民法九二条の「事実たる慣習」として札幌地区のタクシー業界の労使あるいは控訴人と被控訴人らを含む控訴会社の従業員との慣習となり、労使当事者の意思決定に影響を与えていた。

2  被控訴人らの付加主張

控訴人主張事実は争う。

控訴人主張の事実たる慣習は存在しない。

三  証拠関係(略)

理由

一  当裁判所も被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は理由があると判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決の理由説示(ただし、被控訴人らの関係部分に限る)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目表三行目の「原告」の前に「原審における」を加える。

2  同裏二行目に「被告」とあるのを「被控訴人」と改める。

3  同裏七行目に「ことになる」とあるのを「ものと言わざるをえない」と改め、同裏一〇行目の「乙第二号証」の次に「、第六ないし第一〇号証」を、同一三枚目表二行目の「また、」の次に「前記乙第一〇号証」をそれぞれ加え、同七行目、同九行目、同一一行目に「証人中島治の証言」とあるのをいずれも「前記被控訴人中島治本人尋問の結果」と、同末行に「確認を」とあるのを「確認」と、同裏三行目に「ついて」とあるのを「について」と、同七行目に「留どめず」とあるのを「留めず」とそれぞれ改める。

4  同一四枚目表一一行目から同裏五行目末尾までを次のとおり改める。

「1 抗弁1及び当審における控訴人の付加主張について

(一)  抗弁1(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  そこで控訴人主張の労働慣行ないし事実たる慣習の存否について判断する。

(1) 成立に争いのない(書証略)、原審における被控訴人前田五七夫本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)及び前記被控訴人中島治、同前田五七夫の各本人尋問の結果並びに原判決理由五の2の(2)に挙示したその余の証拠(後記のとおり訂正したもの)によると次の事実が認められる。

〈1〉 訴外組合と控訴人との間には昭和三七年以降昭和五五年までの間、昭和五一年を除き賃金に関し労働協約が締結されたことがなかったこと。

〈2〉 訴外組合と控訴人との間で賃金に関し労働協約が締結されなかった場合においても、少なくとも昭和四〇年以降は両者間で交渉がなされたうえ、控訴人の提案した内容に従って被控訴人らに賃金が支給され、被控訴人らは不満を有しながらも事実上右提案を了承し、強く異議を述べることなくこれを受領していたこと。

〈3〉 控訴人は、昭和五四年一二月の運賃改定後、被控訴人らに対し訴外組合との合意のないまま昭和五五年二月分以降新計算方式により計算した額を支給してきたが(この点については、当事者間に争いがない)、その根拠について、控訴人は明確な根拠を述べたことはないこと。

〈4〉 原判決理由五の2の(2)及び(3)で認定した事実(原判決一五枚目裏末行から同一九枚目表六行目まで記載の事実、後記のとおり訂正したもの)。

〈5〉 控訴人と訴外組合とは、昭和五六年六月五日歩合給の足切額を二九万円、支給率を三三パーセントとし昭和五六年五月分賃金から実施することなどを定めた労働協約を締結したこと。

(三)  右認定事実と控訴人が被控訴人らに対し新計算方式により計算して支給した昭和五五年一月分の賃金につき、労働基準監督署の指導によるものではあるが、同年九月に旧計算方式により計算した額との差額を支払ったこと(当事者間に争いがない)を併せ考えると、控訴人と訴外組合との間に控訴人主張の運賃改定後従業員の給与の見直しをすることもしくは右見直しを新労との協定によるという慣行があると控訴人が理解していたとしても無理からぬものがなくはないけれども、当事者である訴外組合もしくは被控訴人らにおいて、抗弁1(二)及び当審における控訴人の付加主張において主張する慣習が存在し、控訴人がこの慣習に従って前記の支給をしているものと認識し、これによる旨の意思を有していたとまでは認めることができないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はないから、抗弁1及び当審における控訴人の付加主張はいずれも採用できない。」

5  同一五枚目表四行目の「運賃」の次に「収入額」を、同五行目の「運賃改定」の前に「全証拠によるも」をそれぞれ加え、同行に「運賃の」とあるのを「運賃収入額の」と改め、同九行目の「もって」の次に「しても、同一売上高に対する賃金支給率の低下による賃金収入の減少が不可避である以上」を加え、同裏五行目の「第三」の次に「号証」を、同六行目及び八行目の各「証人」、「原告」の前にいずれも「前記」を、同末行末尾に「(ただし、いずれも控訴人と新労との間に成立した協定に基づくものである)」をそれぞれ加え、同一六枚目表一〇行目末尾の「、」を「。」と改め、同裏八行目の「訴外組合との」の次に「第一回目の」をそれぞれを加える。

6  同一九枚目表八行目の「総合すると、」の次に「労使双方の合意に基づき労働契約の内容とされた賃金の計算方法を、労働者の不利益に改定することを意図する」を、同一〇行目末尾に「。」をそれぞれ加える。

二  そうすると、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲江利政 裁判官 吉本俊雄 裁判官 小池勝雅)

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